Attisan’s blog

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【昭和時代】昭和時代の冬の過ごし方

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令和に入り冬の過ごし方も昭和に比べ便利で温かくなりました。
昭和時代にはどのように冬を過ごしていたかについて紹介します。


【昭和時代】昭和時代の冬の過ごし方

昭和時代は令和と比べると家の構造も隙間風が入るなど
寒く、暖を取るものもアナログな物で過ごしていました。


石炭ストーブ・石油ストーブ

昭和時代の学校では、冬の暖を取るのに石炭のストーブが使われ
ていて日直の当番がストーブ当番として朝、石炭とコークス、
マッチを取りに行き火を起こしていました。

当時は加湿器などはないため、石炭ストーブの上にやかんや鉄で
できた洗面器に水を入れて蒸発させて乾燥を防いでいました。

また、レンジもなくお弁当などをストーブの上にのせて温めたり
もしていました。

今でも寒さが厳しい地域などでは、電気ストーブよりも火が燃える
石油ストーブが多いと思います。昭和時代ではこの石油ストーブが
メインの暖房器具であり、網を乗せてお餅なども焼いて食べていま
した。

石油を補充する際の灯油ポンプも、今のような電動で入れるものは
なく、手動で入れていたので苦労しました。


こたつ

家での暖はストーブ以外ではこたつで取っていました。こたつも
今のように細かい温度調整が出来なかったのでオンオフで調整を
していました。

こたつの天板はひっくり返すと緑色のマットが敷かれていて麻雀
花札、トランプなど様々なゲームをすることが出来ました。


屋台

昭和の冬は、屋台も今よりたくさん出ていて、その種類も豊富で
石焼き芋、おでん、ラーメン、焼き鳥、たこ焼き、今川焼などが
夜遅くまで営業していました。屋台が来るときは、ラーメンならば
チャルメラの音であったり、石焼き芋はスピーカーなどで知らせて
いました。


手編みのマフラーや手袋

今では、100円ショップでも買えるほど身近にマフラーや手袋が
ありますが、昭和時代には、手編みで編んだマフラーや手袋を
大切に使っていました。

高校生くらいになると、好きな女の子から手編みのマフラーを
もらったりすることがステータスだったりもしました。


小学生は半そで半ズボン

当時の教育方針なのかはわかりませんが、丈夫な体をつくるため
なのか、冬でも小学生は半そで半ズボンで学校に通っていました。
また当時は、長袖や長ズボンを履いてくるのは、金持ちのおぼっ
ちゃまくらいでその他大勢は半そで半ズボンに手袋、マフラーなど
変てこな恰好でした。

雪など振っても半そで半ズボンで外へ出て雪合戦をしたり、雪だるま
をつくったりしていました。


まとめ

今では、冬でも寒さを感じることが少なくなりました。昭和時代の
冬は今より気温も低く東京でも雪の降る回数が多く寒い日が多かった
ように記憶しています。


最後までご覧いただきありがとうございました。